ホワイトキューブの茶室から-私芸術論―

京都と大阪の<まんなか>あたり/やや現代美術<寄り>のギャラリー/ここでは日常のあれこれが「芸術」になる<手前>を考察できればと。。。

2013-01-01から1年間の記事一覧

茶室の思考論 1

工事も進み、ホワイトキューブの茶室の姿が現実物として現れてくるにしたがって、その方針のようなことも決めていかねばとなってきました。とにかく私は家族の日々の生活の糧を賄わねばならんということで今まで通り普通のサラリーマン(T_T)ギャラリーの管理…

設計論

枚方宿の旧い町家をいよいよギャラリーに改装させていただくにあたって、まず最初に前の持ち主様(お父様が以前税理士事務所を営まれていました)から大切に引き継がせていただき以前と違和感なく町並みの中に存在し続けることと、次に自らの現時点でのコンセ…

風雨論

たまに通る道のはたに置かれた通学路の看板。通学路の安全のためにどこかの誰かが描いて設置したのでしょうが、長年の風雨や日差しに晒されていい味が出てきてます。よく、味わいを出すために土に埋めたり、ゴシゴシしたり、炙ったり、いろいろしたりします…

事業計画論

空き家となった町家が、ギャラリーに生まれ変わるためには工事が必要で、工事のためにはお金が必要で、お金をお借りするのは日本政策金融公庫がいいよと、ハウツー本で読んで、そのためにはまず「事業計画書」が必要だということでした。しかし、私の作ろう…

看板論

空き家となった小さな町家に出会った時点で脳内の空想物だった「ホワイトキューブの茶室」が現実物となるには、それから1年ほどかかりました。「ボンボン屋さん」として活動していた枚方宿にかなり愛着があったので、この場所でこの物件に出会えたことには、…

お店以前論 3

「五六市」を通じて枚方宿に出会い、「会社」を通じてではなく自分たちででも何かできるかもしれない、できないことないかもしれない、という思いが芽生え始めていました。そんな何となく「会社の外側にも何かあるよなぁ」みたいな気運がじわっと滲み出し始…

お店以前論 2

毎月第二日曜日に枚方宿で開催される「五六市」には本業?のサラリーマンの仕事の都合や、出店にも参加希望者の方が多いため抽選なのですが、そのようなタイミングが合う限り出店しました。家内と二人してその月の「五六市」が終わればまた来月の「五六市」…

お店以前論

枚方宿では毎月第二日曜日に「五六市」が開催され、京阪電車「枚方市駅」から「枚方公園駅」の間の京街道に沿って手作りのお店がたくさん出店して多くの人出で賑わいます。私たちもこの「五六市」を通して枚方宿のこの場所に出会ったようなものです。 うちの…

社会復帰の手前あたり論

一介の町家が中身をくり抜かれて、白い壁に囲まれて「無」=「ホワイトキューブの茶室」になりました。 昭和の初期に生まれたこの町家にしてみれば当初「一体私は何をされるんだろう?」と不可解というか理不尽というか納得いかない的な気持ちになったかと。…

私芸術と主婦論

私芸術(しげいじゅつ)は世間で認められている「芸術」のなかのジャンルにあてはまらないものなので、経済活動とは結びつきにくい性質のものです。 ゆえにそのことを扱う茶室的性質を持つ空間を運営して行くにはかなりの忍耐と苦労をともないます。 地域や風…

私芸術論-1

「私芸術論(しげいじゅつろん)」=「私の個人的芸術論」ではなく、「私芸術論」は公的でない、私的な芸術。 たとえば、絵画とか、音楽とか、彫刻とか、版画とか、陶芸とか、他にもたくさんありますが、いろいろ公的に認定された「芸術」の形式になる以前の、…

ホワイトキューブの茶室論

「茶室」は一般的にはお金持ちの方の豪邸の大きな庭の片隅や、公的な日本庭園の緑などに埋もれていたりして、「あっ、そこにいたんですか?」的な、普段はちょっと遠慮気味なたたずまいだったりします。 しかし、その遠慮気味なたたずまいに反して「茶室」は…